9歳以下で年間1000人──報道されない行方不明の現実

3月23日、京都府南丹市で小学生の男児が行方不明になったというニュースが流れた。続報では、山中で通学用カバンが見つかったという。テレビやネットでは、男児の特徴や服装、身長などの情報が繰り返し報じられている。

しかし一連の報道を見ていて、どうしても気になることがある。それは「最も重要な事実が、ほとんど報じられない」という点だ。

日本は安全だというイメージが強い。夜に一人で歩ける国だと、よく言われる。しかし実際には、毎年かなりの数の子どもが行方不明になっている。これは感覚ではなく、警察庁が定期的に公表している統計に基づく数字だ。

9歳以下の子どもだけで、年間およそ1000人。10歳から19歳では、年間1万6000人にのぼる。後者には家出など、自ら行方を絶ったケースも含まれるだろう。それでも、数字としては決して小さくない。今回の男児は11歳だが、それでも「日本は安全だから大丈夫」という空気とは、どうも噛み合わない。

こうした数字を、報道機関はなぜ積極的に伝えようとしないのか。私はそこに大きな手落ちがあると思っている。

もしこの事実が広く知られれば、保護者はもっと危機感を持つだろうし、地域の見守り体制も強化されるはずだ。ところが、ニュースでは事件の”表面”ばかりが繰り返され、背景にある構造的な問題にはほとんど触れられない。治安悪化のイメージを避けたいのか。数字を扱う報道が苦手なのか。あるいは、個別の事件を追うことに精一杯で、統計を文脈として提示する余裕がないのか。理由はわからないが、どうにも腑に落ちない。

「日本は安全」というイメージに寄りかかりすぎると、守るべきものを守れなくなる。子どもの行方不明は、決して珍しい出来事ではない。そのことを社会が正しく認識してはじめて、防犯教育の充実や、地域の見守りネットワークの強化といった具体的な対策へとつながっていくはずだ。

今回の行方不明事件がどういう結末を迎えるかは、まだわからない。ただ、こうした事件が起きるたびに、私は同じ疑問を抱く。なぜ、報道は”数字”を語らないのか。なぜ、社会全体の問題として扱おうとしないのか。

行方不明というのは、家族にとって突然、日常が途切れる重大な出来事だ。統計の中の、単なるひとつのケースと片付けてほしくない。だからこそ報道機関には、個々の事件を伝えるだけでなく、その背後にある数字と構造を、きちんと社会に届ける責任があると思う。

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