師走の風が吹くと、どうも気ぜわしくなる。今年も残すところ僅かとなり、世間は一年の総括に余念がない。三日坊主の私にしては珍しく、この七ヶ月間、淡々と続けてきたことがある。朝、事務所へ向かう道すがら、路傍のゴミを拾うことだ。
子供の頃の京都は、もう少し美しかった。ところが最近は、インバウンドの影響か、または日本人の心の緩みか、観光客が増えるにつれ、街角のゴミが目に付くようになった。気分の悪い風景を眺めて心が曇るくらいなら、いっそ自分で拾って歩いた方が精神衛生上よいのではないか。そう思いいたって、柄にもなく五月の初旬から始めたのだ。
毎日ではない。週に二回程度、手に袋とトングを提げて歩く。この活動のために、わざわざ買ったのだ。街で目にする様々なゴミには、現代の世相が透けて見えるようで興味深い。ここで、収集した「ゴミランキング」を五位から順に披露したい。
路上に漂う「現代の残骸」
五位:マスク もはや捨てるというより、不意に手提げ袋から滑り落ちたものか。道端に転がっている様は、かつての騒動の抜け殻のようだ。白が多いが、ベージュもたまにある。
四位:紙類(ティッシュ、チラシの断片) 一体どのようなタイミングで懐から落ちるのか、さっぱりわからない。風に吹かれてゆらゆらと揺れる姿は、都会の孤独を象徴しているようで、あまり愉快なものではない。雨が降った後は、無残に道へへばりついている。
三位:空き缶、ペットボトル これが案外と多い。ジュース類だけでなく、ビールや酎ハイなどアルコール関係も目立つ。見つけるたびに拾い上げ、道中の自販機横にある缶入れへ返す。空っぽの缶が放つ乾いた音は、どこか虚しい響きがする。
二位:食品パッケージの薄いフィルム お菓子の包み紙か、何かのフィルム。歩きながらポイとやるのだろう。薄くて軽いこの破片が、街の品格をじわじわと蝕んでいる。
一位:タバコの吸い殻 圧倒的な数である。外国人の銘柄も混じっているが、観察すると、その多くは日本人が落としたものと推測する。とくに職業ドライバーが駐車しているあたりは夥しい。マナーを説く以前に、自国の路地を汚して平気な神経とはどんなものか。
中国政府による日本への渡航自粛で、街からゴミが減るかと淡い期待を持っていたが、日々拾う感触としては変わらない。結局のところ、ゴミを落とすのは特定の誰かではないのかもしれない。
事務所に着く頃には、袋はいつもそこそこの大きさになっている。ゴミを拾うことで街が劇的に変わるとは思わないが、私の心持ちだけは、少しばかり清々しく整う。当分、というかずっと、この朝の奇妙な習慣は続けるつもりだ。



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