前回に続き、腕時計の話である。祖父のクリスタルセブンをオーバーホールに出した時、もう一つ時計店でお願いしたことがあった。シチズンのエクシードの電池交換だ。私が大学生になった頃、母がプレゼントしてくれた時計である。当時としては中価格帯だが、学生にはやや背伸びした贈り物だった。
1980年代、日本の時計メーカーは世界一を目指し、精度競争の真っ只中にいた。薄型化、軽量化、クォーツの高精度化。そんな時代の時計である。私は社会人になってからも長く使っていたが、いつの間にかデザインが古く感じられ、十数年前に最後の電池交換をして以来、引き出しの奥で眠っていた。
先日、その引き出しを整理していて、久しぶりにエクシードと再会した。改めて見ると、時代が一回転半ぐらいしたせいか、当時のデザインが案外いまの空気にも馴染むように思えた。薄型で小ぶり。最近のボリューム感のある時計と比べると控えめだが、そこが逆に新鮮だった。試しにシャツとジャケットの袖口から少し覗かせてみると、なんだか悪くない。控えめに見える感じが妙にしっくりきた。
デザインの話もあるが、改めて感じたのは日本のものづくりの確かさだ。母からもらったのは1980年代前半。もう40年以上前である。クリスタルセブンと同じく、この頃の時計は頑丈に作られているらしい。時計店の店主によれば、当時のクォーツは精度も高く、私が使っていた頃も、数カ月放置していても5秒ほどしか狂わなかった。静かで、正確で、淡々と時を刻む。
新しい時計が欲しいと思うこともある。しかし、こうして古い時計を手に取ると、また別の感情が湧いてくる。母が選んでくれたこと。確か「奮発して買った」と言っていた。学生時代の思い出。社会人になりたての頃の緊張感。そういうものが、薄いケースの中にぎゅっと詰まっている気がする。
今回の電池交換で、エクシードは再び動き始めた。買ってから一度もオーバーホールしていないが、調子が悪くなればその時に考えればいい。祖父の時計と同じく、この時計もこれからも大切に使っていこうと思う。

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