十二月の末、ボクシングの試合を観た。最近はテレビ放映というものがまったくなくなったため、ネット上の有料チャネルを購入しての観戦である。
お目当ては、サウジアラビアで行われた世界スーパーバンタム級タイトルマッチ。井上尚弥と、アラン・ピカソの一戦だ。相手のピカソはメキシコからやって来た、二十代半ばの若き勇者。リングの上では技術こそ及ばなかったものの、なかなかに勇敢な選手だった。
井上尚弥──。世間は彼を「モンスター」と呼ぶ。圧倒的なパンチ力、対戦相手を次々と粉砕していく様は、怪物と呼ぶにふさわしい。ファンはもう「勝つか負けか」などは問わない。いかにして圧倒的に勝つか。その一点に、関心は集まっている。
今回のピカソ戦、期待されたKO勝ちこそ逃したものの、結果は三対〇の大差判定勝ちだった。素人の私から見れば十分すぎる勝利だが、世の専門家やユーチューバーは、なおも井上の「弱点」を論じようとする。しかし、誰もそれがどこにあるのか、はっきりとは示せない。それほどまでに隙のない選手なのだ。
技術や理論のことは、専門家に任せればよいが、私はかねてから独り思っていることがある。それは、その「モンスター」という呼び名そのものに、彼の弱点が潜んでいるのではないかということだ。
プロボクサーは、ファンあっての商売である。「怪物」と呼ばれれば、怪物らしい勝ち方を意識せざるを得ない。一撃で沈め、圧倒的に倒す。その意識が優先されるとき、そこに微かな隙が生まれる。
実際、半年前のラモン・カルデナス戦。井上は彼を翻弄していたはずが、攻撃に転じたその時、意外なパンチをもらってダウンを喫した。本人も後に語っていたが、あれは「打ち急ぎ」であったという。「モンスター」という概念に囚われ、攻撃を急ぐ。そこを突かれた。彼のキャッチフレーズこそが、かえって足をすくう穴になるのではないか。
もちろん、これは専門家ではない私だからこそ見える、少し斜めからの視点にすぎない。井上選手自身、とっくに気づいているに違いない。それでも、私はノートPCに映し出される試合を眺めながら、そんな「ややこしい」ことを考えていた。
試合が終わり、私の前には冷めた焼酎のお湯割が残っていた。怪物の勝利を祝い、私は静かに画面を閉じた。


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