先日、私は九州へ赴き、そこで驚くほどの量の定食を食べる羽目になった。
加齢により胃が縮み、小食気味になった私のような人にとって、ああいう店は敷居が高い。高いというより、もはやハードルだ。しかし、腹を空かせた若者や食欲旺盛な人には、これ以上ないほどありがたい店ということになる。
つまり、飲食店が出す量によって、集まる客は変わる。今回はこの量が客を選ぶということについて、少し考えてみた。
味でもジャンルでもない量
客が店を選ぶとき、第一に味の好みを考慮するのは当然である。皆、美味しいものが食べたいはずだ。
また、和食や中華といったジャンルも大切になる。その日の気分というものがある。朝から昼食を楽しみにして、ずっと餃子のことを考えていたら、もう「その口になる」ということは、まあまああるだろう。
だが、それら以外で店を選ぶ要素として、実は量というのは非常に重要なのではないか。こないだの九州での体験を機に、そう思うようになったのだ。
量を決めるもの
利用する人によって多くの量を求めるのは、基本的に若い人が多いはずだ。つまり、年齢が量を選ぶ。
しかし、食欲は個人差がある。そうなると、より活動量の多い者が量を求めるという考え方がある。
活動量の多い人とは、たとえばスポーツをしている人たちだ。学生でいう体育会系といわれる人、あるいは肉体系の仕事の人もそうだろう。工事現場の人、運送や倉庫の仕事の人などが挙げられる。となると、職業も量を決める大きな要素である。
それから言い忘れたが、男か女かという点も見逃せない。実際、私が利用したあの宮崎県の店に、女性はほとんどいなかった。九割がた男だった。だから性別もかなり上位に入るだろう。量を求める属性としては。
結局はごった煮
年齢、活動量、職業、性別といったものが、個々の食欲と結びつき、量を求める客層を形成しているわけだ。もちろん、これらの要素を総合した結果、客は店を選んでいるのだろう。
あの店に集まっていた男たちの顔を思い出す。まだ暑い季節だったので皆、汗を拭いながら、黙々と定食を胃袋に収めていた。そこには味の批評などない。ただ、腹を満たしたいという切実でシンプルな欲求があるだけだ。
とはいえ実際のところ、あの店の料理は美味しかった。労働者が多いためか、味噌汁などは少々塩っぱく、味が濃い。だが、その濃い味付けは、肉体を動かし汗を流した人たちにとって、身体の求めるものを補う現実的なものだったのだろう。
結局、店が出す量とは、客の年齢や活動量、性別といった、複雑な要因によって決定される「必要な量」と合致したとき、最も幸福な要素となる。あの九州の店は、そのひとつの見事なケースなのだろう。



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